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うつ病を完全に解消する会

5分だけ、お時間を下さい。

今からの5分間で、あなたが悩んでいるうつ病、解決の糸口をお教えします。

平凡でも幸せに生きていた私への突然の転機
私は、人並みの家庭に育ち、人並みの大学に通い、そして普通のサラリーマンになりました。
周囲から見ても平凡、ちょっと真面目で頑張り屋なイメージだったと思います。
年収も平凡。 見た目も平凡。 典型的な日本のサラリーマン。
平凡ではありましたが、毎日仕事に励み、同僚と飲みに行き、他愛もない話に花を咲かせる、どこにでもいる普通の人でした。

しかし、「ある出来事」をきっかけに、私の人生は大きな転機を迎えます。
当時まだ若造だった私には信じられない幸運。

社運をかけた大プロジェクトの責任者に抜擢されたのです。

私は浮かれていました。
単なる一社員に過ぎなかった私が、社長直々に大プロジェクトへの任命を受けたのです。
私は、同僚の中でも一歩先へ進んだ気がし、正直に言ってしまえば優越感に浸っていました。
でも、実はそれこそが転落の始まりだったのです。

喜んでいたのも束の間。私は過去に体験したことのない、とんでもない激務を続けることになります。
私が 会社の近くに住んでいたことも災いして、毎日午前様どころか明け方様。
休日もクライアントからの連絡が途絶えることはなく、本当にトイレさえ落ち着いて入れない毎日が続きました。
そんな折り、家族同然の付き合いをしていた親戚が破産して生活保護に。その影響を受け、母方の祖母も生活保護水準の生活に。
しかも祖母は日本の法律上、生活保護も受けられません。

そして、それだけでも大きな負担であるのに、次は父方の祖父母が体調不良と痴呆で介護が必要になりました。
こちらはあまり付き合いも深くはなかったのですが、どうしても放っておくわけにはいきません。

「事実は小説より奇なり」とはこのことです。
もしかしたら悪い夢でも見ているのではないかと本気で考えてしまうくらい、不幸のオンパレードです。

こうやって文字で書くと嘘のようですが、もちろんこれは夢でも作り話でもなく、実際に目の前にある現実です。

両親も私も、少しでもそれを助けるために必死で働きました。でも、それを見ている他の親類縁者は知らんぷり。
その親類縁者に強い憤り、腹立ちを感じたことはもちろん、ここまで薄情な人間たちだったことを見抜けなかった自分を責めました。
私は、本当に寝る時間もろくにない状態で仕事と家庭の間を奔走しました。

極限まで達し、会社も家庭も放り出してしまいたい。
でもそれはできないから、どうにかなってしまいそうな気持ちでした。
誰も悲しまないのであれば、もしかしたら自ら命を絶っていたかも知れません。

ですが、現実は違います。私には背負っている家族。心配してくれる友人がいました。

「とにかく、頑張らなくては・・・!」
それから数ヶ月。要領の悪いなりに死にものぐるいで頑張った甲斐あり、何とかプロジェクトも成功に終えました。

その3週間後、同じように、家庭も何とか落ち着きを取り戻すことができました。

客観的に見れば、これで全て嵐は通り過ぎたと言えます。これからは良くなることはあっても悪くなることはないでしょう。
めでたしめでたし。

・・・と終われば良かったのですが、ここからが本当の試練であることに、まだ私は気付いていませんでした。

客観的に見れば仕事もプライベートも落ち着いたはずなのに、なぜか毎日生きることがつらい・・・。
何と言い表せば良いのかわかりませんが、とにかく苦しくて、悲しくて、気分が悪くて、情けなくて、申し訳なくて・・・。
ありとあらゆるネガティブな感情に支配されていたと思います。
なにが原因かと言われても、自分でも正確な原因はわかりません。
色んな理由は思いつくが、どれもこれもが理由としては正しいけれど、本当の理由と呼べるほど確たるものは自分の中にはありませんでした。
常に伏せていて、落ち込んでいて、そして混乱していました。
程なくして、朝起きることができなくなりました。

そして、必死の思いで勤めてきた会社も辞めることになりました。
あれほど尽くした会社でしたが、所詮、会社にとっては使い捨ての駒と見られていたことがわかり、その不誠実さに絶望しながらクビ同然で退職願いを書きました。
それからは毎日、前職の奴らを見返してやると様々な資格の勉強に取り組んだり、再就職の面接を受けるために動こうとしました。

でも、どうしても動けない。少し頑張ってはつらくて休み、少し頑張ってはつらくて休みの繰り返し。

やらなければいけないことはわかっているし、焦っている。
でも、自分の脳の中を改造されたかのように、どうしても以前のように活力が出せない。
合わせて耳鳴りや難聴の症状も表れ、明らかに身体、精神の異常を感じていました。

うつ病の発症。救い主を探す日々。
もうその頃には自分の症状が「うつ」と呼ばれるものであり、その克服には医療やカウンセラーの力が必要だということはわかっていました。

そこから、つらい気持ちをおして、評判の良い医者やカウンセラーを探し回り、何十人も渡り歩きました。
それ自体、本当につらかったのですが、どこかに全てを治してくれる最高のドクターがいるはずだと考え、探し続けたのです。

このサイトをご覧のあなたはすでにご存じかも知れませんが・・・そうです。そんなドクターとは巡り会えませんでした。

もちろん、ドクターが悪いわけではありません、私が「短期間で元気な私に変えてくれる魔法のような治療」を求めていたことが間違っていたのです。

そんな都合の良いドクターは当然ですが、いるはずもありません。

この頃には、これまでコツコツ貯めてきた貯金も残り少なくなっていました。

私は絶望の中、こんな毎日が続くのであればいっそ死んでしまいたいと感じることすらありました。

ですがそれでも、「私は、死ねない」それだけは心の中に強くありました。

今でも信じられない、偶然と奇跡の出会い
そんな苦しい毎日を送っている折り、何気なくインターネットをしていたとき、全くの偶然に出会いました。

うつや医療とは全く関係のない教育界で精力的に活動している「S先生」との出会いから、ご相談の機会をいただくことができたのです。

当初、「大金を請求されるのでは?」「怪しい宗教ではないだろうか?」と疑いの気持ちもありましたが、これは全くの取り越し苦労でした。

小学校のときに憧れていた先生のような、真っ直で優しさの中にも厳しさを持った、立派な先生でした。

先生は、これまで医師やカウンセラーから受けていたアプローチとは全く違いました。

それは医療というよりも、「心の根本」を正しい方向に導いて、内側から洗い流して下さるような不思議な感覚でした。

やっていることと言えば、先生の考え方や、つらい気持ちになったときの対処法を伺っただけです。

でも、その全てが新しく、今までの常識が一変してしまうようなお話でした。

その結果、信じられないことに、試行錯誤もあり数ヶ月を要したものの、私はうつ病を完全に解消することができたのです。

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